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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)12560号 判決

原告(反訴被告) 住宅サービス株式会社

右代表者代表取締役 神津和夫

右訴訟代理人弁護士 長田喜一

同 岡田康男

被告(反訴原告) 立川物産株式会社

右代表者代表取締役 立川政光

右訴訟代理人弁護士 正田昌孝

同 中久木邦宏

同 竹田章治

主文

一  被告(反訴原告)とオリエンタル商事株式会社との間の別紙契約目録記載の契約を取り消す。

二  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、二四九五万四二四六円及びこれに対する昭和五五年二月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。

四  被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

五  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを六分し、その五を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴について)

一  請求の趣旨

1 主文第一項と同旨

2 被告(反訴原告。以下「被告」という。)は、原告(反訴被告。以下「原告」という。)に対し二億二七七二万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五五年二月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 2につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴について)

一  反訴請求の趣旨

1 原告は、被告に対し、二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年五月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  反訴請求の趣旨に対する答弁

1 主文第四項と同旨

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴について)

一  請求原因

1 原告が有する債権

原告(昭和五八年一月一日、従前の商号「株式会社住宅サービス協会」から現在の商号に変更。)は、オリエンタル商事株式会社(以下「オリエンタル」という。)に対し、以下のとおり、債権を有している。

(一) 不法行為による債権

(1) オリエンタルは、昭和五三年八月二六日、株式会社ジェーシーエー(以下「ジェーシーエー」という。)との間で、横浜市保土ケ谷区岩間町壱丁目壱番五ないし八、壱番壱弐及び壱番壱六ないし弐〇の土地合計五五七二・六八平方メートル(その後、昭和五四年九月一〇日、壱番壱六が壱番壱六と壱番弐参に分筆され、同年一〇月四日、壱番五ないし八、壱番壱弐及び壱番壱六ないし弐〇が合筆されて別紙物件目録一記載の土地となった。以下右合計五五七二・六八平方メートルの土地全体を「本件土地」という。)に関し、左記の内容の等価交換契約(以下「本件等価交換契約」という。)を締結した。

ア オリエンタルは、その所有の本件土地をマンション建設用地として提供し、ジェーシーエーは、自己の負担により本件土地上に東海興業株式会社(以下[東海興業」という。)に請け負わせてマンションを建築する。

イ マンションが完成したときは、ジェーシーエーは、その地上三階ないし七階部分合計約一四八五坪及び建物の総面積中右一四八五坪が占める割合に対応する本件土地の共有持分を取得し、オリエンタルは、地上一階ないし三階部分合計約一一九二・八坪及び本件土地の残余の共有持分を取得する。

(2) 原告は、ジェーシーエーとの間で、同年九月九日、ジェーシーエーが本件等価交換契約により取得する予定の右土地付区分建物を、代金坪当たり八五万円で買い受ける旨の契約を締結し、同月二二日には、全国日刊紙に、広告を掲載するなどして、右土地付区分建物を販売するための活動を開始した。

(3) ところが、オリエンタルは、同年一〇月一七日、突然、ジェーシーエーとの間の本件等価交換契約を解除するとともに、右マンションの建築現場に、右マンションについて原告は何ら関係がない旨記載した立看板を出して、原告の販売活動を著しく困難にする妨害行為をした。更に、オリエンタルは、昭和五四年二月一五日、藤和不動産株式会社(以下「藤和不動産」という。)に対し、本件土地の所有権を代物弁済として移転し、その旨の登記をするに至った。

(4) ところで、本件等価交換契約は、ジェーシーエーなしには成立しえなかったものであったから、オリエンタルは、本件等価交換契約締結の際、ジェーシーエーが売却先として原告を選定することにつき異議をとなえない旨同意していた。また、東海興業は、遅くとも昭和五三年九月一二日までには、原告が販売会社となることにつき同意していた。仮にそうでないとしても、販売会社選定について東海興業の同意を要するとした趣旨は、東海興業の請負代金確保にあったところ、本件においては、右請負代金の支払につき、関工商事株式会社(以下「関工商事」という。)の手形保証が得られたのであるから、オリエンタル及び東海興業は、信義則上、原告が販売会社となることにつき同意を拒絶することができない立場にあった。

(5) オリエンタルは、ジェーシーエーが本件マンションを第三者に分譲することができ、ジェーシーエー及びその第三者が保護されるべき契約上の利益を有することを熟知しながら、ジェーシーエーとの契約以上に利益を得ることのできる提携者との契約を締結する目的で、右(3)記載の各行為に及んだものであり、その結果、原告のジェーシーエーに対する前記売買契約に基づく履行請求権は履行不能となった。したがって、右のオリエンタルの行為は、違法性が強度であり、債権侵害として不法行為を構成する。

(6) オリエンタルの右不法行為により、原告は、土地付区分建物の販売による得べかりし利益を失った。すなわち、原告は、右土地付区分建物を取得し、販売していたならば、少なくとも一五億三三三六万一〇〇〇円程度の売上を得ることができたはずであるから、右売上価格から仕入価格一二億八四八〇万九〇〇〇円(坪当たり八五万円。なお、ジェーシーエーが取得する予定の建物部分の面積は、その後の設計変更により、一五一一・五四坪となった。)及び諸経費に相当すると見込まれる四一〇七万五〇〇〇円を差し引いた残額である二億〇七七二万六〇〇〇円が原告の損害となる。

(二) 約束手形金債権

(1) オリエンタルは、別紙手形目録記載の約束手形一通(以下「本件手形」という。)を振り出したが、右手形の裏面には、同目録記載のとおりの裏書の記載があり、原告は、右手形を所持している。原告は、本件手形を満期に支払場所に呈示した。

(2) 原告は、ジェーシーエーに対し、昭和五三年八月三一日、二〇〇〇万円を、弁済期同年一〇月三一日、利息年一〇パーセント、遅延損害金年一八・二五パーセントの約定で貸し渡し、その際、本件手形を担保として取得したものであるが、その後、原告とジェーシーエーとは、同年九月九日、前記(一)(2)の売買契約を締結した際、本件等価交換契約が履行されなかった場合に原告が受ける損害についても本件手形によって担保する旨合意した。しかるところ、前記(一)(3)のとおり、本件等価交換契約は履行されず、原告は、二億〇七七三万六〇〇〇円の得べかりし利益を喪失し、同額の損害を受けたから、結局、原告は、本件手形を、ジェーシーエーに対する右貸付金債権及び損害賠償債権の担保として所持していることになる。

2 詐害行為

(一) オリエンタルは、藤和不動産に対し、昭和五四年二月一五日、本件土地をオリエンタルの藤和不動産に対する債務の代物弁済として譲渡した。そして、右代物弁済の清算方法として、オリエンタルは、藤和不動産との間で、別紙契約目録5記載の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

(二) しかるに、別紙契約目録記載のとおり、オリエンタルは、被告に対し、昭和五五年一月一〇日、本件売買契約上の買主の地位を無償で譲渡し、遅くとも同年六月一〇日には、売主である藤和不動産は、右譲渡を承諾した。

(三) 右譲渡行為当時、本件売買契約の目的物(別紙契約目録5(五)記載の物件)は時価にして七億七七〇〇万円ないし八億四四〇〇万円の価値を有していたから、本件売買契約上の買主の地位は、右時価と代金額三億一〇〇〇万円との差額分と同額の価値を有していた。

(四) オリエンタルは、当時、右買主の地位以外に何ら資産を有しておらず、その譲渡行為が債権者である原告を害するものであることを知っていた。

3 その後、本件売買契約の目的物のうち建物は、別紙物件目録二記載の建物として完成したが、右建物完成後の本件売買契約の目的物(以下「本件土地付区分建物」という。)については、総額一三億九五六〇万円の担保権が設定されたため、原告が、本件土地付区分建物の現物返還を受けても、一般債権の保全を実現することは不可能となった。

4 よって、原告は、被告に対し、債権者取消権に基づき、本件売買契約上の買主の地位の譲渡行為の取消しを求めるとともに、原状回復に代わる価格賠償として、二億二七七二万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五五年二月五日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

(認否)

1  請求原因1の事実はすべて知らない。

2  同2について

(一)のうち、本件売買契約締結の事実は認めるが、本件売買契約が代物弁済の清算方法としてされたことは否認する。

(二)の事実は認める。

(三)の事実は知らない。

(四)のうち、オリエンタルが、原告主張の譲渡行為当時、債権者である原告を害することを知っていたことは否認し、その余の事実は知らない。

3  同3の事実は知らない。

(被告の主張)

1  不法行為について

オリエンタルとジェーシーエーとの間の本件等価交換契約では、マンションの販売に当たる不動産業者を選定するにつき、オリエンタル及び東海興業の同意が必要とされていた。ところが、ジェーシーエーと原告は、オリエンタル及び東海興業の同意がないにもかかわらず、売買契約を締結し、原告においては、右事情を十分知りながら、マンションの販売活動を開始した。したがって、オリエンタルが原告の販売行為を阻止し、これにより原告が得べかりし利益を失ったとしても、原告は法律上の保護に値しない。

2  詐害行為について

本件売買契約上の買主の地位の譲渡は、詐害行為取消の対象たる行為に該当しない。すなわち、

(一) 被告は、本件買主の地位の譲渡とは無関係に、藤和不動産との間で昭和五五年六月一〇日締結した売買契約に基づき本件土地付区分建物を取得したものである。原告の主張する買主の地位の譲渡は、藤和不動産と被告との右売買契約に対するオリエンタルの同意を表現する方法として用いられたものにすぎず、その実質は、オリエンタルと藤和不動産との間の旧売買契約の合意解約又はオリエンタルによる買主の地位の放棄にすぎないというべきである。したがって、仮にオリエンタルと被告との間の本件売買契約上の買主の地位の譲渡契約を取り消してみたとしても、被告と藤和不動産との本件売買契約及びこれに基づく被告の本件土地付区分建物の所有権の取得の効力には何の影響もなく、被告のオリエンタルに対する本件土地付区分建物の所有権の返還義務も発生しない。したがって、本件買主の地位の譲渡行為を取り消すことは無意味である。

(二) 本件買主の地位は、仮に財産性があったとしても、その財産性は、いまだ現実性のあるものではない。本件買主の地位の譲渡の取消しに加えて、オリエンタルが、売買代金を任意に支払い、かつ、相手方である藤和不動産が、旧契約の復活に同意して本件土地付区分建物の引渡し義務を履行しなければ財産的価値に結びつかない。また、原告と被告との間の取消判決の効力は売主である藤和不動産に及ぶものではない。このように、そもそも、取り消された後、当事者の自由意思による履行をまたなければ取消し自体何らの効果をもたらさない場合には、詐害行為としてその取消しを求めることは許されないというべきである。

(三) また、藤和不動産とオリエンタルとの間の本件売買契約は、代物弁済による清算部分を含むものではなく、時価による対等の売買であり、仮に契約が実現されても解約されても、債務者であるオリエンタルの資産に増減はない。

三 抗弁

1  善意

被告は、本件買主の地位の譲渡行為当時、その譲渡行為が、債権者である原告を害するものであることを知らなかった。

2  時効

原告は、昭和五五年六月末日までには、本件詐害行為の事実を知った。仮にそうでないとしても、原告訴訟代理人の長田弁護士は、東京地方裁判所昭和五四年(ワ)第六四二三号詐害行為取消請求事件(以下「別件訴訟」という。)の昭和五六年一〇月一九日に開かれた第一三回口頭弁論期日において、別件訴訟の原告たる原告の訴訟代理人として、別件訴訟の被告たる被告藤和不動産の訴訟代理人加藤弁護士から口頭で説明を受けて本件詐害行為の事実を知った。したがって、原告の詐害行為取消権は、遅くとも昭和五六年一〇月一九日から二年を経過した昭和五八年一〇月一九日に時効により消滅した。被告は、右消滅時効を援用する。

四 抗弁に対する認否

抗弁1及び2の事実は否認する。

(反訴について)

一  請求原因

1 原告は、昭和五八年一二月二日、本訴を提起した。

2(一) ところで、原告は、次の事実を十分認識しながら、本訴を提起したものである。

(1) 原告自身、ジェーシーエーが東海興業の承諾がなければ、原告との売買契約を締結することができず、かつ、右承諾がないことを知りながら、ジェーシーエーと売買契約を締結したものであり、オリエンタルが、原告とジェーシーエーとの間の売買契約締結の事実を知ったときは、本件等価交換契約を解除するであろうこと。

(2) 原告が、ジェーシーエーとの売買契約に当たり、国土利用計画法の定める事前手続を一切しておらず、本件土地付区分建物に関する権利を主張することができないこと。

(3) 原告は、オリエンタルとは何らの契約関係がなく、被告に対しても何ら逸失利益を請求する法律的根拠がないこと。

(4) オリエンタルと被告との間には、本件土地付区分建物について何ら売買契約がされていないこと。

(二) 原告は、不動産仲介の大手専門業者であって、物件取得に当たり、まず国土利用計画法所定の手続を経なければならないことを熟知しており、かつ、不動産の権利関係について相応の法律的知識を有していた。

3 右のとおり、原告が本訴において主張する権利等は、事実的、法律的根拠を欠くものであり、原告は、そのことを知り又は容易に知ることができたにもかかわらず、あえて、本訴を提起したものであるから、本訴の提起は、裁判制度の趣旨目的に照らし、著しく相当性を欠く違法な行為であり、不法行為に該当する。

4 本訴の提起の結果、被告は次の損害を受けた。

(一) 本訴に応訴するため弁護士費用として、被告代理人三名に対し、着手金及び報酬金合計一〇〇〇万円の支払を約した。

(二) 慰謝料 一〇〇〇万円

5 よって、被告は、原告に対し、不法行為による損害賠償として二〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五九年五月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2(一)の事実は否認し、同2(二)の事実は認める。

3 同3は争う。

4 同4の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

第一本訴について

一  請求原因

1  不法行為債権について

(一) 《証拠省略》によれば、本件土地を所有していたオリエンタルは、東京相互銀行からの借入金八億二〇〇〇万円を返済するため、昭和五二年末ころから、本件土地上に分譲マンションを建築して売却することを計画し、昭和五三年五月一一日ころ、オリエンタル、ジェーシーエー及び東海興業との間で、右事業計画(以下「本件事業計画」という。)に関する基本的合意が成立したが、その中で、東海興業が、オリエンタルの東京相互銀行に対する右八億二〇〇〇万円の債務の返済のため、同銀行に対して同額の約束手形を振り出すとともに、分譲マンションの建築工事一切の請負施工を担当し、オリエンタル及びジェーシーエーが東海興業に対する債務の弁済を完了するまでは、オリエンタル及びジェーシーエーが自己の取得した土地付区分建物を第三者に譲渡するにつき東海興業の承諾を必要とする旨の合意がされたこと、東海興業が右合意に基づき八億二〇〇〇万円の約束手形を振り出したこと、その後、同年九月二〇日ころ、オリエンタルとジェーシーエーとの間で、請求原因1(一)(1)記載の本件等価交換契約に関する契約書が調印され、右契約書には付記条項として、本件マンションの売却先決定の際は、オリエンタル及びジェーシーエーが参加してその旨調印し、更に東海興業の承諾が必要である旨の記載がされたこと、以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

(二) 次に、《証拠省略》によれば、原告は、昭和五三年八月三一日、ジェーシーエーとの間で、本件等価交換契約によりジェーシーエーが取得する予定の土地付区分建物を原告が買い受ける旨の覚書を作成したこと、ジェーシーエーは資力信用の乏しい会社で、東海興業に実質的に請負工事代金の支払をするのは、ジェーシーエーから土地付区分建物を買い受ける第三者(原告)であると考えられたので、東海興業は、請負代金の支払を確保するため、原告振出の約束手形について関工商事の保証を求め、同年九月八日付で東海興業横浜営業所から関工商事に対し、裏書保証の検討を求める書面が交付されたこと、同月九日ころ、原告とジェーシーエーとが正式に売買契約を締結したこと、同月一二日ころ、東海興業側から原告に対し、原告の東海興業に対する請負代金の支払方法に関する協定書案が示されたこと、しかし、関工商事から東海興業に対し、前記裏書保証を承諾する旨の回答はなく、また、右協定書案についても原告と東海興業との間で結局合意調印されるに至らないまま推移したこと、同月二一日、東海興業から原告に対し、原告の販売に同意しない旨の通知があったが、原告としては、日刊紙に販売広告を既に依頼済みであったため取り止めることもできないとして、翌二二日、朝日及び読売の各新聞紙上の広告により販売活動を開始したこと、同日、オリエンタルは、原告及びジェーシーエーに対し、内容証明郵便により、原告の右販売活動に対し抗議し、請求原因1(一)(3)のとおり立看板を出すなどして原告の販売活動を制止するに至ったこと、以上の事実を認めることができる。《証拠省略》中、原告が販売活動を開始した当時、オリエンタル及び東海興業の同意が存した旨の供述部分はにわかに措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三) 以上の認定事実を総合して考えると、本件事業計画は、マンション建築工事を請負い、オリエンタルの債務弁済のため八億二〇〇〇万円の約束手形を振り出した東海興業の協力なしにはその遂行が不可能なものであって、東海興業としては、請負工事代金及び代位弁済による求償債権の回収を確保することが必要であり、そのため、前示三者間の基本的合意及びオリエンタルとジェーシーエーとの間の本件等価交換契約においては、いずれもジェーシーエーがその取得する土地付区分建物を原告に売却するにつきオリエンタル及び東海興業の同意が必要とされていたものであるところ、原告が販売活動を開始した当時、原告、ジェーシーエー及び東海興業との間では、まだ請負代金の支払方法について協議中の段階であり、原告が右土地付区分建物を販売することについてのオリエンタル及び東海興業の同意は、そのいずれもがまだ得られておらず、しかも、原告は、遅くとも新聞広告発表の前日には東海興業から不同意の通知まで受けていたものである。そうすると、このような事情のもとで、オリエンタルが前(二)認定のとおりの方法で原告の販売活動を制止したとしても、その行為は、前記三者間の基本的合意及び本件等価交換契約に違反する事態の発生、拡大を阻止するための相当な範囲の行為であって、原告に対する関係でも格別違法な行為ということはできない。そして、本件全証拠によっても、オリエンタルがことさら原告を害する意図のもとに行動したなどその行為態様が著しく相当性を欠くものであったとは認められない。そうすると、オリエンタルの右行為は、原告に対する不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。

なお、原告は、オリエンタル及び東海興業の同意を必要とした趣旨は、東海興業の請負代金の支払確保にあるというべきところ、本件においては、関工商事の保証があったから原告及びジェーシーエーの支払能力には不安がなく、オリエンタル及び東海興業は、同意を拒絶できる立場にはなかった旨主張する。しかしながら、関工商事が東海興業に対し、原告振出の約束手形について保証することを承諾したことを認めるに足りる的確な証拠はなく、かつ、東海興業が原告に対し、承諾を求めた請負代金支払方法に関する前記協定書案も調印されなかったことは前示のとおりであるから、原告の右主張は採用することができない。

2  約束手形金債権について

(一) 《証拠省略》によれば、昭和五三年五月一一日ころ成立した本件事業計画に関する前記三者間の合意に基づき、オリエンタルの東京相互銀行に対する八億二〇〇〇万円の債務の弁済のために東海興業がこれと同額の約束手形を振り出したこと、右オリエンタルの債務が弁済された場合に、オリエンタルが東海興業に対して負担すべき弁済金償還債務の担保として、ジェーシーエー振出の同額の約束手形が東海興業に交付されたこと、更に、右ジェーシーエー振出の約束手形決済の必要が生じた場合に備えてオリエンタルがジェーシーエーに対し、本件手形を振出交付したこと、その後、ジェーシーエーは、昭和五三年八月三一日、原告から、二〇〇〇万円を、弁済期同年一〇月三一日、利息年一〇パーセント、遅延損害金年一八・二五パーセントの約定で借り受け、その際、本件手形を担保として原告に裏書交付したこと、東海興業が振り出した右八億二〇〇〇万円の約束手形は、その決済がされることなく、東海興業に返還され、オリエンタルの東京相互銀行に対する前記債務は、昭和五四年になって、藤和不動産による代位弁済により消滅したこと、原告は、本件手形の支払期日である昭和五五年二月五日に、本件手形を支払場所に提示したが支払を拒絶されたこと、そこで、原告は、オリエンタルに対し、本件手形金の支払を求める訴えを提起し、昭和五八年一二月二三日、東京地方裁判所において、二四九五万四二四六円及びこれに対する昭和五五年二月五日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払を求める限度での認容判決が言い渡され、更に、その後、昭和五九年一二月二四日、東京高等裁判所において、控訴棄却の判決が言い渡されて、右判決は確定したこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

なお、原告はジェーシーエーから本件手形の交付を受けた趣旨は、ジェーシーエーに対する二〇〇〇万円の貸金を担保する目的だけではなく、本件等価交換契約が履行されなかった場合に原告が受ける損害を担保する趣旨も含んでいた旨主張するごとくであるが、本件全証拠によっても、右主張を認めるに足りない。

(二) 右認定事実によれば、原告は、ジェーシーエーに対する二〇〇〇万円の貸付元利金及び遅延損害金の担保として本件手形を取得したものであって、本件手形金中、その支払期日現在における被担保債権の額の限度で、オリエンタルに対し、本件手形に基づく約束手形金請求権を有するものと解するのが相当である。

そうすると、原告は、オリエンタルに対し、本件手形金として、昭和五三年八月三一日付の原告のジェーシーエーに対する貸付金二〇〇〇万円、これに対する同日から弁済期である同年一〇月三一日までの年一割の割合による約定利息三三万四二四六円及びその翌日から本件手形の支払期日である昭和五五年二月五日までの年一八・二五パーセントの割合による約定遅延損害金四六二万円の合計二四九五万四二四六円並びにこれに対する昭和五五年二月五日から支払済みまで手形法所定年六分の割合による利息を請求する権利を有しているというべきである。

3  そこで、詐害行為について判断する。

(一)(1) まず、《証拠省略》によれば、昭和五四年二月一五日、藤和不動産が、オリエンタルの東京相互銀行に対する八億二〇〇〇万円の借受金債務を代位弁済し、オリエンタルに対し、同額の求償債権を取得するとともに、同銀行が有していた本件土地に関する代物弁済予約契約上の地位を代位取得したこと、同日、藤和不動産が、右予約契約に基づき予約完結権を行使して、本件土地の所有権を取得したこと、当時、本件土地は右求償債権額八億二〇〇〇万円を超える価値を有していたこと(《証拠省略》によれば、当時の本件土地の更地としての評価額は一一億三〇〇〇万円余であったことが認められ、これに反する証拠はない。)、同日、オリエンタルは、藤和不動産との間で、右代物件弁済予約完結に伴う清算義務の履行方法として、本件売買契約(別紙契約目録5記載の契約)を締結したこと(本件売買契約が締結された事実は当事者間に争いがない。)、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、オリエンタルが、本件土地を代物弁済として藤和不動産に給付したことによって、藤和不動産に対し、本件土地の価格と藤和不動産の前示求償債権額との差額分相当の清算金債権を取得し、その清算金債権の存在を前提として、藤和不動産の清算義務の履行方法として本件売買契約が締結されたものと認められる。したがって、本件売買契約上の買主の地位は、清算金債権と切り離して考えることはできず、本件売買契約が有効に存在する限り、右清算金債権は、本件売買契約の履行によってのみ消滅し、その履行が完了するまでは消滅することなく存続することが予定されていたのであり、両者を分離してその一方のみを他に譲渡することはできない関係にあったものと解するのが相当である。

(2) 次に、別紙契約目録記載のとおり、オリエンタルが被告に対し本件売買契約上の買主の地位を無償で譲渡したこと(請求原因2(二)の事実)は当事者間に争いがない。そして、本件買主の地位とオリエンタルの藤和不動産に対する清算金債権が、右(1)のとおり不可分の関係にあったことに照らすと、オリエンタルは、被告に対し、別紙契約目録記載の契約により、藤和不動産に対する清算金債権と本件売買契約上の買主の地位をあわせ譲渡し、これにより、被告は、清算金債権及びその履行方法としての本件売買契約上の買主の地位を取得したものというべきであり、藤和不動産は本件買主の地位の譲渡を承諾するとともに清算金債権の譲渡についても承諾を与えたものと認めるのが相当である。この点につき、被告は、本件買主としての地位の譲渡とは無関係に藤和不動産との間で新たに売買契約を締結したものであって、買主の地位の譲渡は右売買契約に対するオリエンタルの同意を表現する方法として用いられたにすぎない旨主張するが、前認定のとおり、本件買主の地位が代物弁済の清算に相当する利益を得べき地位としての性質をもっていたことにかんがみると、被告の右主張はとうてい採用することができない。

(3) 次に、《証拠省略》によれば、昭和五五年一月一〇日当時、オリエンタルは、前示清算金債権及びその履行のために取得した本件買主の地位(これが、当時、相当の財産価値を有していたことは後に判示するとおりである。)以外にみるべき財産を有していなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(4) そして、右(2)及び(3)認定の事実及び《証拠省略》を総合すると、昭和五五年一月一〇日当時、オリエンタルは、前示清算金債権及びその履行のために取得した本件の買主の地位を被告に対し譲渡することが、本件約束手形の所持人である債権者を害する結果になることを認識していたことを推認することができ(る。)《証拠判断省略》

(二) 以上によれば、オリエンタルの別紙契約目録記載の契約による前示清算金債権及び本件売買契約上の買主の地位の譲渡は詐害行為に該当する。

なお、被告は、本件買主の地位は、仮に財産性があるとしても、その譲渡行為を取り消す判決の効力が売主である藤和不動産に及ぶものではなく、藤和不動産による任意の履行をまたなければ意味のないものであるから、詐害行為取消の対象とならない旨主張する。しかしながら、前示のとおり、オリエンタルは、清算金債権及び本件買主の地位を不可分のものとして被告に譲渡したものであり、当時他にみるべき財産を有しなかったのであるから、右譲渡行為は一体として詐害行為に該当し、取消の対象となるべきであり、詐害行為取消判決の効力が本訴の当事者ではない藤和不動産に及ばないということは、何ら右取消しの妨げとなるものではない。

(三) しかして、《証拠省略》によれば、本件売買契約の目的物のうち建物は、昭和五五年二月ころ別紙物件目録二記載の建物として完成し、同年六月一〇日ころ、被告が藤和不動産に対し、売買代金(同日、藤和不動産と被告との合意で二億八〇〇〇万円に減額された。)支払のための約束手形を振出交付して本件土地付区分建物の所有権を取得し、その旨登記も了していることが認められる。したがって、オリエンタルによる清算金債権及び本件買主の地位の譲渡は、右藤和不動産と被告との間の売買契約の履行の完了により既に原状回復が不可能になったものというべきである。

ところで、本件詐害行為当時の右清算金債権及び本件買主の地位の財産価値については、前認定のとおり、藤和不動産が東京相互銀行に対して代位弁済したことによりオリエンタルに対して取得した求償金債権が八億二〇〇〇万円であるのに対して、藤和不動産がオリエンタルから代物弁済によって取得した本件土地の価額が一一億三〇〇〇万円余であったこと、本件売買契約が右代物弁済に伴う藤和不動産のオリエンタルに対する清算義務の履行方法として締結されたものであったこと、更に、本件売買代金の額が三億一〇〇〇万円であるのに対して、《証拠省略》によれば、原告と藤和不動産との間の別件訴訟において、藤和不動産は、本件売買契約締結当時の本件土地付区分建物の通常の売買代金は、七億七九〇〇万円ないし八億四四〇〇万円である旨主張していたことが認められ、これらの事実を総合すると、本件詐害行為当時、オリエンタルが有していた清算金債権及び本件買主の地位の財産的価値、すなわち、本件売買契約の履行によって受けることができた利益の額は、原告が有する前認定の手形債権額を優に超えるものであったことを推認することができ、これを覆すに足りる的確な証拠はない。

そうすると、その額が、本件口頭弁論終結時までの間に下落したことを認めるに足りる証拠がない本件においては、詐害行為取消権の行使の方法として、右手形債権額の限度で価格賠償を認めるのが相当である。

二  そこで進んで、抗弁について判断する。

1  まず、被告は、オリエンタルから本件買主としての地位の譲渡を受けた当時、右譲渡行為が、債権者を害するものであることを知らなかった旨主張し、《証拠省略》中には、これに沿うかのような供述部分がある。

しかしながら、《証拠省略》によれば、被告の代表取締役立川政光は、昭和五〇年から昭和五五年ころまでの間、オリエンタルの代表取締役をしていたものであり、オリエンタル及び被告はいずれも実質的には同人が経営していた会社であると考えられること、同人は、昭和五四年二月一五日、オリエンタルの代表取締役として、前示のとおり藤和不動産との間で代物弁済の清算のための本件売買契約を締結し、その後、被告の代表取締役として別紙契約目録記載の契約を締結していること、同人は、オリエンタルがジェーシーエーに対して振り出した前記八億二〇〇〇万円の本件手形(支払期日同年二月五日)が不渡りになった場合には、オリエンタルの存立が不可能になるとの危惧の念を抱いていたことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。右認定事実に照らすと、《証拠省略》はにわかに措信することができず、他に抗弁1の事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、抗弁1は理由がない。

2  次に、被告は、原告は遅くとも、昭和五六年一〇月一九日には、本件詐害行為の事実を知ったから、その詐害行為取消権は、遅くとも本訴提起前である昭和五八年一〇月一九日の経過をもって、消滅した旨主張する。

そこで、検討するに、《証拠省略》によれば、別件訴訟の被告代理人加藤徹弁護士は、右別件訴訟の原告(本件の原告)代理人長田喜一弁護士に対し、昭和五六年一〇月一九日の別件訴訟の第一三回口頭弁論期日において、本件買主としての地位の譲渡行為について口頭で説明したことが認められ(る。)《証拠判断省略》

しかしながら、右のとおり、別件訴訟の進行中に、別件訴訟において原告を訴訟代理していた長田弁護士が、相手方訴訟代理人から本件買主の地位の譲渡行為に関し口頭で説明を受けたからといって、それだけで本人である原告が、取消の原因を覚知したことになると解することはできない(当時、長田弁護士が本件訴訟についても委任を受けていたことを認めるに足りる証拠はない。)。そして、他に、原告が本訴提起の日(昭和五八年一二月二日)から二年以前に、本件詐害行為の事実を知ったことを認めるに足りる的確な証拠はない。したがって、抗弁2は理由がない。

三  以上によれば、本訴請求は、原告との間で、本件買主の地位の譲渡契約を取り消し、原告が被告に対し、詐害行為取消の原状回復に代わる価格賠償として、本件手形金二四九五万四二四六円及びこれに対する昭和五五年二月五日から支払済みまで手形法所定年六分の割合による利息と同額の金員を請求する限度で理由がある。

第二反訴について

被告は、原告による本訴の提起が不当訴訟であって、不法行為に該当する旨主張する。しかし、一般に、法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に求めうることは、法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であるから、裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならず、訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該提訴者が敗訴した場合であってすら例外的な場合に限られるのである(最判昭和六三年一月二六日民集四二巻一号一頁参照)。これを本件についてみると、本訴について判示したとおり、原告の被告に対する本訴請求は、一部とはいえ理由があるものであり、原告が本訴について主張した権利が、およそ事実的、法律的根拠を欠くものであったということはできないから、本訴の提起が、裁判制度の趣旨目的に照し、著しく相当性を欠く違法な訴訟ということはできない。したがって、反訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

第三結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、前記第一の三において判示した限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条を適用し、なお、仮執行宣言の申立については、その理由がない(詐害行為の取消しによる原状回復に代わる価格賠償債権は、取消判決の確定により発生するものと解すべきである。)ので、これを却下して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青山正明 裁判官 岩田眞 清水響)

〈以下省略〉

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